蝶ケ岳〜燕岳

(春山合宿)

(記・白子八千代

蝶ケ岳〜燕岳

H.16.5.1夜〜3

CL白子欽  永野  細尾  白子八 

5/1
21:30 和歌山発

5/2(快晴)5:00 道の駅で雪稜の隣へ停車して仮眠
6:00 雪稜は永野さんの車で中房へ、我々は坂本さんの車で三股へ出発。
6:30 三股(晴れ)
    3回休憩
9:55 小沢
    2回休憩
12:16〜13;15
    小屋前で昼食休憩
14:00 蝶ケ岳ピーク
     撮影大会
15:30 蝶〜常念の最低コルにて幕営
18:00 就寝

5/3(曇りのち雨)
3:06 起床
    2回休憩
8:11 常念ピーク
9:10〜9:45
    常念小屋
10:30 雪稜と交差
    3回休憩
12:30 雨ふり始める
13:05 大天荘冬季小屋     
     CL&SL翌日コースの下見
18:30 就寝

5/4(暴風雨)
4:06 起床
6:15 出発
8:15 大天井岳の下り終わり
11:10〜12:00 燕山荘にて昼食
14:00 中房温泉

 初日は快晴で蝶ケ岳稜線で槍・穂高連峰を前に大撮影大会。睡眠不足の身体で登ってきた疲れも吹き飛んだ。
 樹林帯でテントを張ったが夜中は結構風が強く、気温も高かった。天気は下り坂。
 2日目はガスの中でアップダウンの連続。
 小さなコブの上で初めて雪稜と無線が通じた。
 常念小屋で雪稜を待ちながら長休憩。来ないので出発。
 天気のせいか、行き交う人はめったになく展望もなく雪もなく・・・ザックにつけたピッケルがただの「重し」のようだと言いながら歩いていると・・・横通岳の登りの途中、上から3つの人影がこちらに手を振っている。雪稜(S本さん、M木さん、O野さん)だ! 理屈抜きにうれしい。これまでの行程の話をしたり写真を撮りあったりした後、別れた。
 とうとう雨がポツポツ・・・雪ならまだしも、と思っていると大天荘の冬季小屋に着いた。休憩させてもらうつもりで中をのぞくと、広くてきれいなのに誰もいない。だんだん激しくなる雨の中、「貸しきり」の魅力には抗し難く・・・ここに泊まることにした。
 やがて営業していない大天荘本棟に怪我人が運びこまれた。踵の骨を折ったという女性を、救助要請を受けた燕山荘のスタッフが交代でおぶってきて合鍵で小屋の窓を開けて入った。4人パーティらしいが、事故なく私達のいる冬季小屋まで来ていたとしても、それはそれで彼らには別の不運が待っていたことになる。
 某さんがお湯の入った大鍋をひっくりかえしたのである。広々と使っていたのでなんの被害もなかった。が!バタバタバターッと大きな音がしてびっくり。何事が起きたのかすぐにはわからなかったが、私達のいた2階の床板のすきまから1階へお湯がこぼれ落ちていたのである! その「湯の雨」を予想したかのようにちょうど1階のその部分にアルミマットが敷かれてあったための大きな音だった。 爆笑。下に誰もいなかったからこそ、だが。
 その夜からいきなり台風級の暴風雨になった。もし外でテントを張ってたら小屋に逃げ込んでいただろう。 小屋の柱がミシミシ音を立て、雪に囲まれているはずの小屋が揺れた。
 朝方になると風が少しおさまった。停滞も考えたが、予報では天気は午後からさらに悪化するとのことで、今のうちに大天井岳を越えてしまおう、と出発。
 前日のCLたちの下見によるとトラバースは危険とのこと。大天井岳ピークを越えることに。ピークさえ越えれば、と強風の中を這うようにしてピークに登ったが、その後はさらにきつかった。
 細尾さんが飛ばされかけた。しっかり刺していたピッケルのおかげで滑落だけはまぬがれたものの、肩をひねったらしくうつ伏せに倒れた状態からすぐには立てなかった。本人は大丈夫だと言っていたが、念のためにCLとSLが彼女の荷物の一部をそれぞれ分けて持った。
 彼女だけでなく白子も私も飛ばされかけた。また、雨だけでなく小石まで顔にバチバチあたって痛くてたまらず、一刻も早く下りたかったが、こんなテントも張れない(布を広げたとたんに飛ばされるだろうし、張れたとしても破けるか、ポールが折れるだろう)ような状況で1人でも動けなくなったら全員の命が危険にさらされる。慎重にゆっくり下るしかない。それにしてもピッケルは「重し」やなんて言うたん誰や。やはり「岳人の魂」、必携である!!
 普通なら20分で越えられる大天井ピークを2時間かかって越えて縦走路に下りたつと、風はいくらかマシになり、少なくとも飛ばされることはなさそうだった。それでも女性ふたりは何度も倒されながらどうにかこうにか燕山荘に到着。ろくな休憩もせず5時間歩き通していたので小屋で昼食。
 雪道のおかげで2時間で中房温泉に着いた。雪稜にまわしてもらった永野さんの車を探している間、心身の疲れからか気分が悪くなった。みんなも昼食を吐いてしまいそうだと言っていた。 
 中房温泉は日帰り入浴不可だが、永野さんが交渉してくれて温泉に入らせてもらえた。
 温泉では、縦走路で唯一見かけたアイゼン跡の主に会った。燕山荘から下山するつもりで間違えて蛙岩まで行ってしまって引き返したとのこと。「怖い目にあったからもう二度と来ない」という言葉に反して晴れやかな笑顔。きつい山行をこなした充実感が垣間見えた。きっとまた来るだろう。私達も。
 帰りに岸和田SAで偶然雪稜に会い、蝶ケ岳付近の、つかまるものもないだだっ広い稜線で匍匐前進3時間、彼らいわく「ノルマンディー上陸さながらの苦闘」物語を聞く。あとで蝶ケ岳ヒュッテのHPをのぞいたところ、この日は「風速30m/kmの風が吹いた」とあった。
 とにもかくにも交差縦走が成功し、お互いに無事でよかった。無事といっても、細尾さんの右肩はしばらく調子が悪く、私の身体もみごとに青アザだらけだったけど。