大台ヶ原-千石グラ-サンダーボルト・ソロ
(大台)

(記・ツヨシ)

H19.11.21

天候:晴れ

04:30 自宅発
07:00 大台ヶ原駐車場
08:20 登攀開始
17:00 終了点
21:00 取付き点
22:20 駐車場

装備:30Lのザック、50mロープ(10.2mm)、ヌンチャク13本、安全環付きカラビナ2、捨てカラ1、ATC-XP、シュリンゲ60cm×3、120cm×2
カッパ、ヘッドランプ、手袋、デジカメ、テルモス、おにぎり3個。

会社の後輩に頼んでおいたトポとアプローチ図をGETし、仕事が終わってから3時間の仮眠をとって出発。
奈良県南部の降水確率は20%
吉野辺りから眺める大台方面の山には暗黒の雲がのし掛かって悪魔城といった雰囲気だ。
間違いなく雨だろうな。
HP夕陽の衛兵には「マルチピッチのフリークライミングをゲレンデ感覚で」と書かれていたが、今回はアルパインの練習として登らせてもらうことにした。
天気が悪ければこないだ登ったブッシュマンに変更するつもりでもいた。
ところが駐車場に着く頃には天気はすっかり良くなり、きれいな朝焼けが拝めた。

  

7:00の気温は-3℃。ベンチやテーブルはうっすらと雪で覆われている。鼓膜まで凍り付くような寒さだが、衛兵さんの教えどおり震えながら出発した。
 
それでもアプローチはなかなかハードで、すっかりポカポカに。少し疲労した。

千石グラの岩場を発見し、ボルトを探しながら基部を下って行く。
あった!木に白テープで印がある。
となりのラインにはサンダー2のボルトがあり、さらに下のサマコレのラインにもボルトを発見。
壁に陽が当たって暖かそうだ。

今回は自分に約束を2つ。
1つは唾を吐かない。神の住む場所だから。
2つ目は慌てない。焦らない。
時間が無くなればそこで降りればいい。ギアやロープを落とせば終わりだ。

さて、1Pと2Pは10-。オンサイトしなければいけないグレードだけど、今回はピンごとにセルフをとってロープを手繰らなくてはならない。
これではとてもオンサイトとは言えないな。
それでも、両手が離せるところはセルフをとらず、リードの時はヌンチャクを掴まない。
フリーに拘っていくことにする。

登り始めると、むむぅ、どうしてなかなか。
ブッシュマンの感覚が体に残っているのか難しく感じる。
そういえば最近、限界ギリギリのクライミングしてないなぁ。(誰か柏木連れてってくれないかなぁ)

1ピン目にロープの末端を固定して登り、2ピン目にも固定。これで1ピン目がバックアップになった。
後は次のボルトまでを目測し、その分ロープを手繰って登る。の繰り返し。

ビレイデバイスは、XPとはいえATC。落ちる時はロックしてからでないといけない。ロープ2本の懸垂なら僕の体重では手を離しても止まるけど、1本じゃ止まらない。不意のフォールは厳禁だ。
確実な3点確保で登り、デッドは禁止とする。

なぁに、フリーソロしてる訳じゃないし、やることはいつもと同じだ。
ミスを犯さなければイケるだろう。




T1に着いてロープを固定。クライマー側のロープを手繰り上げて、ビレイ点側を懸垂下降。ヌンチャクは回収せずに上側に掛け替える。
ビレイ点に着いたら末端を外してヌンチャクを回収しながら登る。
(このやり方が懸垂し易く、登る時にヌンチャクを掴めると思った。)

なるほど、トポの右端の数字はボルトの数か。納得。

登り返してT1についたのが取付いてから1時間後。
同じくT2に着いたのは2時間後。1ピッチに1時間ペースだから単純に10ピッチで10時間。厳しいなぁ〜
ここでおにぎり休憩1個目。
それにしても今日はなんていい天気なんだろう。1Pこそ日陰だったものの、2P目以降は太陽の日差しを全身に受けながらのクライミングになりました。

そして3P目。トラバースからクラックへと続くこのピッチは僕のクライミング歴の中でも最高に面白いと思えるものだった。
ソロという、なんだか説明の出来ない不安感もあるんだろうけど、こんなに高度感を感じたのは初めてだった。
そして、高度感とは実際の高さではなく、背中にヒシヒシと伝わってくる恐怖感のことで、安全な展望台からでは決して味わえないものだと理解した。



楽しいトラバースからナイフの様に尖ったフレークのあるクラックへ。
足を滑らせると指が切れて飛んでいくんじゃないか?または手首ごと?
これはこれで恐怖。
レイバックではなく慎重にフェイスクライミングで登る。

4Pは記憶が飛んだけど、2個目のおにぎり休憩をしたのは覚えている。
あんまりいい天気なのでここで一晩過ごしてもいいと思った。会費でポーターレッジ買う予定ないかなぁ?

5Pはここが核心かなと思えるピッチだった。
出だしは右へチョイチョイといって、上へチョチョっと登ってそこから!
明らかに今までと雰囲気が違う。
ホールドを探ってみると次のボルトは真上にあるけど、直上はできそうにない。右側もダメ。
左から回り込むような感じかな。
左手はサイドのやや斜めのホールドがあって、一応両手でも持てるけどバランスが悪い。
右手は真上のカチとする。
くそ〜!!ただでさえ左手弱いのに、酷使させられる。
フォローの時にロープやヌンチャク掴んで力任せに登ってきたしっぺ返しがきた。
一旦ボルトに戻ってしきり直し。
再度挑戦。やべっ 行けねぇ。落ちるかも。。
再びボルトに戻って十分レスト。120cmのシュリンゲでセルフとったまま挑戦する。
両手を決めて左足を上げる。。。「バチッッ!!」
無念のフォール。
くそぉ〜。。でも、吹っ切れた。
100%フルパワーの本気モード!!
同じムーブで勢いをつけていく。よっしゃ!右足も乗った!
じわりじわりとボルトへトラバース。
こういう時のギリギリのクリップはハンガーの方がいいなと思った。



そしてここから先、フリーの意識はどんどん薄れ、A0、木登り何でも有りへと墜ちていくのであった…。

5Pのフォローの時に楽をしようと、もっと左から回り込んで、ヌンチャクを1本回収し忘れたことを後で気付く。

6Pでは直上に入ってからロープが引っ掛かって進めなくなり、再度登り直した。

7P。に来るまでも何度もあったけど、こういう直上ルートだといくらロープを手繰ってもクライマー側のロープの重さでスルスルと流れてテンションが掛かってしまう。
片手で3cmぐらいずつチビチビと出しながら登る。
やってみて初めて分かったけど登ること以外のこういう労力はイタい。

7、8Pは僕の好きなステミングを使うピッチだったと思う。
気持ち良かったけど、難しくて、木をバンバン使ってた。ぐらぐらしてるのもあって、木が無くなったらグレードが跳ね上がるんじゃないかと思った。
ボルトをスタンスに使うことにはすでに抵抗は無し。(そうさ、これは練習なのさ。)

×の赤ペンキに直上を防がれるが右に見えるクラックには手が届かず、難過ぎ!
なぜ×なのか?―簡単なのか?浮き石が多いのか?
答えは両方でした。

この辺からは足が痛くてたまらず、フォローのときはカカトを外して登る。
ステミングやスラブでは意外に有効だった。

フォローだからといって力任せのA0ではなくリードと同じ様に登った方が楽だと気付く。
易きに流れるな。だ。

9Pはスラブが多かったかな。右手でホールドを探してる時、中指に激痛が走り、「何かに噛み付かれた!」
と思ったけど、植物のデカいトゲが指と爪の間に食い込んでいた。…拷問や。

ホールドを探っていると細かい砂や塵が目と口に入るが唾は吐かない。我慢して飲み込む。

T9は木を終了点とした。
そこからビレイ解除で最終10Pの取付きへ回り込む。
3個目のおにぎり休憩。
時間は16:40。だんだんと薄暗くなって風も出てきたけど、なんとか抜けれそうだ。
選択したのはもちろん左の10-。だけど、登り出しから全く歯が立たない。最後の難関。
11の方じゃないよな…
ビレイ点にした木とのステミングで1ピン目をクリップ。
2ピン目もなかなかバランスが悪く、じっくり攻める。
指が冷たくてホールドが保持できない。口に咥えて暖める。
そこからは易しいスラブだった。最後はこのランナウトからスラブ!?
と思ったけど、大股開きでスタンスへ。ボルトもあった。

17:00終了点。やったぜ〜!!!!
スタイルはどうあれ、とりあえず上まで抜けることが出来た。
取付いてから8時間半。こんなに壁の中にいたのは初めてだ。
相棒がいれば「あー楽しかった。」で終わったかもしれないけど、ソロのこの充実感はたまらない。
トポがあって、しっかりした支点もある。真の意味での冒険ではないけれど、確かな手応えを感じたクライミングだった。
さて、千石尾根は通行禁止なので(5Pにヌンチャクを残置しているので)懸垂下降にかかる。
下降する時あまりに足が痛いので、またカカトを外していたのだが、10Pの回収が難しくて足を滑らせ思いっきり振られてしまい、左のシューズが吹っ飛んでしまった。
なんてこった。。。
ヌンチャクとシューズを天秤にかける。どう考えてもシューズの勝ち。
ビレイ点に着いたら今度はロープが来ない!ビクともしない!
夕闇と10Pの難しさが焦りに追い討ちをかける。

ビレイ点にセルフをとって、できるだけ谷側へ引っ張る!
足に巻き付け、全体重を掛ける!―ダメ。
反対側!―よっしゃきたぁ!!

ロープの回収に成功し、T9へ下っていると幸運にもシューズを発見!
木で止まっていた。



辺りはいよいよ真っ暗に。
アルパインっぽくなってきたぞ!っとザックの雨蓋からヘッドランプを取り出そうとすると、
本体が開いて電池が一個外れている。なんで??
ここを開けるには爪先でかなり力を入れないといけないのに。
まぁいい、外れた電池はっと、… … … 無い。
ウソやろ〜??あまりのピンチに半分ニヤけながら探しても無い。
手袋の中も無い。デジカメのモニターの明りで照らしても無い。
(これは今でも謎のままです)
神の悪戯としか思えない。

しょうがないので手探りで懸垂準備を整える。
あわてるな。あわてるなよ。
ロープのからみは無し。末端すっぽ抜け対策よし。
シューズをしっかり履く。もう痛みは感じない。
利きを確認してからセルフを外す。
そしてデジカメで最終チェック。ブラックマークもOK。その頼みのデジカメも電池残量警告マークが出ている。
どこまでもつか?
闇への懸垂の始まり。

もちろん今までこんな経験は無く、懸垂も真下に降りるだけだった。



そんな感じで漫然と降りていき、テラスに立ってから気付いた。
違う!!ここじゃない。
安定したテラスではあるものの、こんなとこ通った覚えはない。
そうだ、9Pは右上してきたからもっと左だ。
行く先には大きな木のシルエットが見える。
ロープを少し緩めてダッシュし、木に飛び付いた。
セーフ!
さらにトラバースしてT8へ着いた。
セルフをとる。―あわてるなよ。

ロープを仮止めしてビレイ解除。ロープがくることを確認。一端の末端をほどき、反対側を下降のリングに通しながら引っ張る。
OK。ロープダウン。
再びすっぽ抜け対策をして絡まないように慎重に降ろす。

よし。ここからT3まではルート通りだ。
登ったところなら分かる。
そうして下って行くとT7まであと数mのところでロープが足りない。
そうかぁ〜 8Pは35mだからいける訳ないよな。
登る時に見たあの2つのリングは懸垂点だったんだ。
身をもって勉強した。

そこからは順調に下降を続けて5Pの残置も回収成功。T3に着いた。
トポによるとここからほぼ垂直に懸垂4回で降りれる。
でも、月の出ていないこの薄明りの中でピンポイントで下降点を見つけなければいけない。
それが可能か?
でもトラバースの難しさやT2から下の記憶が曖昧であること。最終的には好奇心で、このまま降りることに決定した。

降りてみると案の定、支点が分からない。
デジカメで照らしても分からない。
とりあえずルンゼの左の方に見えた大木へ降りた。
さらに数m下にしっかりとしてそうな木があったのでビレイ解除。落石と共にロープダウン。
もう腕がパンパンだ…。
手が周らない谷側に張り出した大木なので、末端にヌンチャクを付けてロープを回した。

木から木へ懸垂下降。本来の下降ルートからはだんだん離れていくけど、確実に降りているという葛藤。
このまま木だけで降りれたりして。という淡い期待はすぐに終わった。

ここから先はハングしていて頼りになる木はなさそう。
50m 1本懸垂するか?そんなバカな。50mで下に降りれる保証はない。宙吊りになってジ・エンド。
どうする? … … …。
木がダメならボルトを探すしかない。それならトラバースだ。

ロープを緩めつつ、じわりじわりとルンゼを横断…。壁に張り付いた。
風が強く雪が舞ってきた。

でも緊張感のおかげか寒さは感じない。

手探り、足探りで使えるホールドを探り、少しずつ、右へ、右へ。
大丈夫。ロープはまだある。
行き詰まるとデジカメで照らしてホールドを探す。でも、見える範囲はたかが知れている。
それに1度光を見てしまうと暗闇に慣らすまで時間がかかる。
しばらく眼を閉じて瞳孔を開かせる。

どうにも行き詰まってカメラのフラッシュを使う。上、下、右…。
ん?光が反射したような!白い岩肌との区別がつきにくいけど、あれは金属の反射だ!!
もう一度撮影して、再生モードで拡大してみる。よっしゃあ!!ボルト発見!!サンダー2のものだろう。
場所は右手約4m。そろり、そろり、距離を詰める。あわてるな。ここで落ちたらもう戻ってこれないかも。これたとしてもすごい労力が必要だ。

ヌンチャクのゲートを開いて思いっきり手を伸ばす。とどけ!…。腕がつった。とどいてくれ!…。脇腹もつった。
あと数秒で足が滑るのが分かる。

…。やった!!すぐセルフをとってロープをクリップし、腕のストレッチ。
ボルトに足を置くところまで登ってみたけど、その先には何もない。
ロープいっぱいまで降りるともう1つ下のボルトまできた。
どうするか?2つのボルトで懸垂するにしても1つのボルトに頼らなければならない瞬間があって、それなら1つの支点からすばやく降りてしまおうという結論に達した。(今思えば、ありったけのヌンチャクとシュリンゲを繋ぎ合わせたら2つのボルトが繋がったかもしれない)
それぐらいの覚悟はできている。
誰がいつ打ったか分からない錆びたハーケンじゃあるまいし。
神様。。衛兵様。。どうか生きて帰して下さい。お願いします。。

そうして10mほど降りると右手に完璧な終了点を発見し、そのリングを掴んだ瞬間、生還を確信した。
沢の音からしてあと1回か2回の懸垂で下まで降りれるはずだ。
あわてるな。あわてるなよ。
ブラックマーク、ロープの末端、絡みが無いかを時間を掛けて確認する。
ロープをATCに通してからカラビナのゲートを開ける。
あわてるなよ。何回も自分に言い聞かせる。
利きを確認してからセルフを外し……。
なんと!セルフをとったカラビナに終了点の小さなシャックルがガッチリはまり込んでいる。
おお神よ。どれだけ試練をお与えになるのですか?
全身全霊の力を込めてアタックすると外れた。
良かった。。。

それが最後の試練となり、1回の懸垂でロープギリギリ地面に降り立つことが出来た。
その瞬間、雲がパアアァーっと晴れて月が出た。薄暗い中でもなんとか行動出来たのは、この満ちた月のおかげだ。
大いなる力に助けられた気がして、頭を壁に擦りつけて感謝せずにはいられなかった。
溢れてくる「生」の実感。僕は今生きている。

下降開始から4時間。登攀開始から12時間半が経っていた。

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